日々の泡粒
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2005年11月1日(火) 冷え性には辛い季節
今朝起きたら指先が冷えて固まってました。
なかなかあったまらなくてキーボードもまともに叩けません。
11月でこれだと、ちょっと先が思いやられます。
2005年11月2日(水) 量産
デザインフェスタ向けポストカード量産中。今年の5月のときの現場を見た方はお分かりでしょうけれど、予想以上に、というかそもそも予想していなかったんですが、あんなにぱんぱか売れるとは思いもせず、2日目の午前中には半分以上売り切れてしまう(売れ線は初日ですぐに切れてしまった)、というかなりみっともない自体に陥ってしまって、なんか逆に申し訳なくなってしまったので、今回はちょっと多めに作ります。売ることそれ自体が目的ではないんだけれども、そうやって作品が人の手に渡っていく、っていうのは単純に楽しいし、かつかつの予算の中でなんとかかんとかやりくりしているので、懐にもやさしいのです。
今回はちょっとブース位置が微妙な感じなので、実際やってみないとなんとも言えないところではありますが、とにかくやってみるだけやってみよう、な方向で。ま、前回売れたからって今回も売れるとは限らないわけで、その辺りは荷物の分量とかも考えつつ、適度に。あー、あっちにいたらねぇ、やや少なめに刷って足りなくなった分は補充、とか簡単にできるんだけど。プリンタを持ってくほどの余力まではございません。
2005年11月4日(金) 年頭目標、その後
そういえばさっき、支店のネタ書いてたときにふと思い出した。年頭にこんなこと書いてた。
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05.1.2 目指せ“いい男”
公私ともども、去年からまだはっきり決着がついていないことが2、3残ってて、それがちょっと嫌な感じではあるのですが、そっちの方は地道になんとかしていく方向で。
それはそれとして、昨日書いたようなことをしようと思ったら、やっぱり人間的な深みを出していかんとだめかな、とふと思った次第であります。もっと強烈に人を惹き付けられるような人間になりたい。まだまだ足りない。もしかしたらそれはある種のわがままなのかもしれないけれど。基本的に社会的な地位とかそういうのには興味ないんだけれど、それでも、物事を大きく動かしていこうと思ったらやっぱりある程度のベースは必要で、そのベースは何か、といったら、一言でいえば“信頼”なんだろう、と。そのためにも、ひとまわりもふたまわりも大きくならんとあかんな、と。
そんなこんなで今年は“いい男”を目指します。よろしく。
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このときの日記自体はサーバから削除しちゃったけどさ。ぶっちゃけどうなんだ、俺?ちゃんとその目標を実行できてんのか?上っ面気にしてたって、そんなんどうだって良いだろ?くそー、なんか変なところでうかれてる感じが腹立たしいな。そんなつまらん人間になる気は毛頭ない。深くて渋い、ダンディなオヤジになりたい。よし、それでいこう。目指せダンディズム。
2005年11月7日(月) 贅沢
大阪にいたとき、とある知り合いから「もっと欲をだしなさい」と言われたことがある。は?欲ってなんすか?とぽかんとしてしまったんだけれども、要は作品をもっと売り込んだりとか、値段設定を高くしたりとか、そういうことだったらしい。
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基本的にお金に興味がない人だったりする。
死なない程度の生活ができて、雨風をしのげる寝場所があって、それなりの制作環境があれば、とりあえずのところは問題ない。
贅沢?
金のかかる食い物とか衣装とか車とかそういうの?
あー、興味ない興味ない。つか、そんなの贅沢だとは思わない。金の浪費じゃん?そんな金あったら機材に金かけるさ。そうともさ。
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うちにとっての贅沢って何か、と問われれば。
制作環境が整ってて、腹割って話せる仲間がいて、作品を表に出す機会がちゃんとあって、それを見にきてくれた人たちといろんな話をすること。それってすごい贅沢だと思うけど、おかしいか?ああ、やっぱりおかしいか。ふん。
2005年11月8日(火) nano
CDウォークマンがぶっこわれたのがいつだったか忘れてしまいましたが。
替わりといっちゃなんですが、iPod nanoを買いました。
物欲っつーか、むしろ必要にかられて。
デザインフェスタ行くのにバス6時間は結構暇だし、せっかくiBookもあることだし。
ブラックの2GBタイプですが、正直2GBもあれば十分です。4GBもいらん。
そんなにしょっちゅうCD買う方ではないし、買ったら買ったでしばらくヘビロテで満足するので。
MacでCDかけても良いんですが、作業の種類によってはOS9とOSXをいったりきたりして、その都度再起動、CDが止まるのもなんだかめんどくさいので、やっぱり音は音用の何かがあった方が良いのです。
2005年11月9日(水) 虹
今朝の通勤途上、7時ごろでしょうか、西の方角にでっかい虹が見えました。傘をさすほどでもないような小雨がぱらぱら降ってたので、たぶんそれなんでしょう。ここんとこちょっとばたばたしすぎていたので、自転車をたらたらこぎながら、虹を眺めてました。
旧約聖書、創世記にこんな一節があります。
“わたしはあなたとの契約の証に、空に虹をかけよう。虹を見たとき、わたしはあなたとの契約を心にとどめる”
いわゆる「ノアの方舟」のラスト、大雨がやんで水がひきはじめた頃、主がノアに語りかける場面。学生の頃の「キリスト教史」の講義でこんな一節があることを教わりました。神様も粋なこと言うじゃん、と当時は思ったものです。
無粋を承知で書いちゃうと、虹ってようはある種の光学現象で、それ以上の意味なんてなんにもないんですが、それでも、ああいうものを見るとそこにいろんな意味があるんじゃないのかなぁ、と思ってしまいます。“契約の証”じゃなくても、そういう自然現象になにかしらの意味を読み取る、あるいは読み取ろうとする、そしてそれを咀嚼して別の形にして伝えようとする、何かを生み出す心性って要はそのあたりにあるのかな、なんて思ってみたけどなんだかよく分かりません。
2005年11月10日(木) あなたにしかできないプラスα
大学時代の我が恩師、某N教授(カラスのクルミ割り行動の分析でその筋には有名、たしかそろろそ退官のはず)の専門は認知心理学と応用心理学。社会人1年目のお盆にちらっと遊びにいったら学部生の指導をやらされた、そんな人ですが、たまに遊びにいくと面白い話を聞かせてくれます。で、ずいぶん前に聞いた“平均顔”の実験の話。
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たくさんの個人の顔のサンプルを集めます。そこから、それぞれの顔の特徴を“平均化”(目の大きさの平均値、鼻の高さの平均値、顔の輪郭の平均値、等々)した顔をCGか何かで作ります。で、被験者に個人の顔と平均顔を(もちろん“平均顔”であるということは伏せて)提示し、「(あなたにとって)魅力的かどうか」を判定してもらいます。
結果:個人の顔は被験者によって非常にばらつきが出るが、“平均顔”は中間の値(5段階でいうと3、7段階でいうと4)あたりでほとんどばらつきが出ない。つまり、個々の顔にはそれぞれの好みとか嗜好が強く反映されるが、“平均顔”は魅力的でないわけでもないが、だからといって魅力的であるというわけでもない、ということ。
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バブル経済の頃は、まさに大量消費の時代。同じ製品が市場に出回り、同じものを所有することがある種のステータスでもあった。バブルが崩壊して以降、多様な価値観を受け入れる土壌が出来、「同じであること」を厭う傾向が見られるようになってきた。「同じ」であることよりも、「違う」ことに重点がおかれるようになったように思う。オーダーメイド、カスタムメード、そういう言葉がむしろ当たり前になってきたのは、バブル経済崩壊以降だ。
「あなたのために、あなただけの特別なものを作ります」
万人受けするような、最大公約数的なものはもうほとんど行き場がない、ということ。
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製品だけでなく仕事も同じことで、誰にでもできることでも、あなたにしかできない“なにか”をプラスαすることが、きっとできるはずだ。指示されたことを指示された通りにやるのは誰にだってできる(中には指示されたことすらまともにできない人もいるけれど、それは問題外、社会人の資格なし、出直してこい)。そこにあなたにしかできないことをプラスしてあげることが、仕事の付加価値となり、ひいてはあなた自身の市場価値となる。
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当たり前っちゃ当たり前のことなんだけれど、その“最後のひとひねり”がなかなかできないんだよな、これが。
2005年11月11日(金) DMキター
個展用DMが印刷から上がってまいりましたよ。色も思ってたほど悪くないし、良い感じ。うむうむ。
マット紙にして正解です。もともとアートポストってあんまり好きじゃなくて(微妙な光沢がなんだかぎとぎとした感じがしてしまって)。自前でもテストプリントしてみたんですが、光沢紙よりはやっぱりフォトマット紙の方がしっとり落ち着く感じがします。
ひとまずは滅多に会わなくてちょっと遠方の方には嫌がらせのように郵送。会う予定のある人には手渡し。その他、あちこち配り行脚も月末あたりから開始する予定。
あ、ほしい方はご連絡ください。近場の方には手渡し、遠方の方には郵送いたしますわよ。
なんだかぶったおれそうな勢いでばたばたしておりますが、リアルでぶったおれたらすまん。
2005年11月14日(月) 心肺機能の著しい低下
朝方と夕方、どうも咳がとまりません。
だいたい朝8時半ごろから11時ごろまで、職場でげほげほいってます。
仙台駅まで自転車でいくと、なぜかぜーぜーと息切れしてしまうようになりました。
やたらとぶっとばしすぎ、という点はとりあえず突っ込まない方向で。
とにもかくにも、心肺機能の低下がここんところ急に目立つようになりました。
原因?そんなん煙草に決まってんじゃん。
42歳で煙草の煙にまみれて死亡する予定なので、そこんとこよろしく。
2005年11月15日(火) 緊張感のない服
一部破れてしまってはけなくなったジーンズが一本。
仕方ないのでたんすの奥の方にしまってた古いのを出してしばらくはいてました。
昔のなんで、サイズがでかい。ゆるゆる。
そういうゆるい服を着てると、どうも緊張感が薄れてしまう。
緊張感のない生活はどうにも我慢できなくて、昨日、いつもはいてるEDWINの402(スリムタイプ)、29inchを買ってきました。
これくらいぴちっとフィットすると、気分がぱりっと引き締まる。
常にこれくらいの緊張感があった方が、生活にめりはりが出る。
ただだらだらと流される日々は、こっちからお断りです。
2005年11月16日(水) 突撃隊長
すでに誰かがやっていたことをやるのはそんなに大変なことではありません。
これまで誰もやらなかったことにトライするのは、結構大変なことです。
大変ですが、狙いがぴたっとはまった時はぞくぞくするほど嬉しいものです。
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「やつはなんでもひとりでやってしまうからな」
と、そんなことを言われていたことが発覚。
てか、その手の仕事しか回ってこないし。
その手の仕事は人海戦術とマシンパワーに頼るよりは、アイディア一発勝負だし。
だとしたら、仕事の進め方の上で、とりあえずひとりでなんとか一点突破して、後は人海戦術でがんばってね〜、と前線から退いた方が、こっちも他も楽でしょ。
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方法論の構築は、基本的にアイディア勝負。
アイディアの出し方は決してマニュアル化できない。
方法論そのものはロジックだけれど、その出発点は勘と経験、ロジカルとは決して言いがたいものだから。
2005年11月17日(木) 説明の技法
何かを人に説明するとき、どうやったら分かりやすいか、をまず最初に考えよう。
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その前に、分かりにくい説明ってどんなだろう?
・筋道が通っていない。
・具体性に欠ける。
・全体の流れが見えにくい。
・何と何がどう繋がっているのか分からない。
こんな説明は、きっと分かりにくい。
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全体の流れをきちっと通すためには、説明する本人が説明する事柄の全貌を把握していないといけない。説明する当人が説明する事柄を理解していないと、相手にだって分かるはずがないからだ。また、説明は長ければ良い、というものでもない。要点がまとまっていれば、短い説明の方がずっと効果的だ。要点を手短にまとめるには、やはり説明するポイントが何であるのか、本人が理解しないと、手短にはまとめられない。説明と議論とは別物で、説明は手短に、議論はみっちりと、それがディスカッションの本来あるべき姿だと思う。
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“全体の流れ”とは、すなわちストーリーのことだ。目的・方法・結果・考察という学術論文の一連の流れは、物語りにおける起承転結に相当する(学術論文でおかしな“転”があるのも困り物だけど)。つまるところ、説明する前に頭の中で一連のストーリーを組み立てると良い。そうしておけば、急に時間がなくなったり、急に時間が余ったりした場合でも、不要な部分をカットしたり、重要な部分をふくらませたりすることができる。それができない、ということは、自分自身で全貌を把握していない、ということであり、いきおい、手許の資料に頼ってしまうことになってしまうことになる。
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物事をうまく理解するには、言葉にするよりまず、イメージにしてしまうことが効果的だと思う。というよりも、自分自身、まず簡単な模式図の形にしてしまわないと、物事がうまく理解できない。逆に、ちょっとした絵にしてしまうことで、言葉では理解できなかったことも一目で理解できてしまうこともよくあること。たとえ大雑把でも、絵になっていれば、何がどのように効いていて、問題点は何なのか、指差し確認することができる。「説明する技法」は「理解する技法」とほぼ同義だと考えて良い。
2005年11月18日(金) ある日、心を奪われる
日々なにげなく生活していても、ある日ふと、心を奪われてしまうような出会いがある。
いろんなことが気になり始めて、仕事も手につかなくなる。
今日もいつものところにいるんだろうか?
いつものように素敵な香りを身にまとっているんだろうか?
今日会ったら今度こそは・・・
そんなことばかり、ついつい考えてしまう。
そんな出会いのお相手は・・・
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学食で売ってるたこ焼き。
2005年11月21日(月) 女王様
昔々、ある農村に普通の女の子がいました。
普通の女の子だったのですが、ちょっと風格があって頼まれごとをされると嫌とは言わせないような雰囲気があったので、みんなから「女王様」と親しみをこめて呼ばれていました。
彼女はみんなにいろんな頼みごとをします。
「あの干草を納屋に運んでちょうだい」
「みんなで羊の毛を刈ってちょうだい」
「町へ出て服を買ってきてちょうだい」
みんな、仕事のついでにできるようなことばかりなので、嫌な顔もせずに彼女のお願いを聞いてあげます。
でも、そのお願いもだんだんとエスカレートしていきます。
「あら、わたしの部屋、ちょっと汚れてるわね。掃除してくれないかしら?」
「繕い物がまだね。どうして誰もやってくれないの?あなた、やってちょうだい」
「さて、今晩の夕食は誰がつくってくれるのかしら?」
そんなに豊かな村ではありませんから、必要以上に彼女の要求にこたえることはできません。みんな、自分の仕事が忙しいのです。
「どうしてやってくれないの?」
彼女は次第に怒り出します。けれども、もう誰も見向きもしません。自分のことくらい自分でやれ、とみんなそっぽを向いて、彼女の相手をする者はもう誰もいなくなってしまいました。
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女王様、少しは自分の身をわきまえてくださいね。
2005年11月22日(火) 寒空に手袋
本格的な冬の到来。冷え冴えた空気に耐えられず、引き出しの奥から手袋を引っ張り出した。黒の分厚い手袋。マフラーは白。相変わらず無彩色な装い。
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空気が冴えると空が高く見える。
山の上から見る空は、街中に比べて星がたくさん見える。
作り物じゃない、“本物”の星空。
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世界を“美しい”と感じられる心は、決してなくしちゃいけない。
たとえどんなに疲れ果て、傷付き、倒れようとも。
2005年11月24日(木) 夢バトン
うたかたさんから回ってきた。
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01)小さい頃、何になりたかったですか?
小学校低学年:獣医さん。
・・・なんだそれ、とかいう突っ込みはなしで。
大の動物好き。特にでっかいの(笑)小学校のときはかなり本気だったんよ。「獣医さんになるんだ〜」と回りに吹聴してまわってた記憶あり。その夢の転機は小学校高学年のときに訪れる。
小学校高学年:小説家
たまたま友達から借りた「ガリバー旅行記」に衝撃を受ける。あれ?ガリバーって小人の国にいくだけじゃなかったの?と。特に後半、浮き島とか馬の国とかには右ストレートをガードなしでくらったような衝撃。で、それから山ほど本を読むようになって、漠然と小説家になりたいなぁ、と思い始める。
中学校〜高校前半:やっぱり小説家
このころはこっそりひとりで変な話をずらずら書いてた。大学に入ってからあまりに恥ずかしいので全部焼却処分してしまいましたが。文章がうまいとか下手とか、そういうのはとりあえずおいといて、「文章を書く面白さと難しさ」っていうのを、この期間に学んだような気もしないでもないので、決して無駄な時間ではなかったんじゃないかと。
高校後半〜大学:イラストレーター
自分の文章のあまりのへたくそさに嫌気がさしていたちょうどその頃、たまたまつるんでいた連中が美術部だったり絵好きだったり、そういう環境にあったので、自然と絵を描くようになった。つまるところ、うちは「物心ついた頃から絵筆をとっていた」というタイプじゃない。あ、絵を描くのって楽しいんだ、と思うようになって、文章じゃなくても絵っていう表現方法もあるじゃないか、と気づいたのがこの頃。
・・・あ。小さい頃じゃねぇや。
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02)その夢は叶いましたか?
獣医も小説家も叶ってない。イラストレーターは、叶ったとみなしても良いのかな?それでおまんま食べてるわけじゃないので、微妙っちゃ微妙だけど。最近はむしろ、仕事としてふられてこないと絵を描かなくなってしまって、いかんいかんと思うことは思うんですが。でもまぁ、なんだかんだで好きなことやれてる、っていうのは幸せなことだと思う。
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03)現在の夢は何ですか?
映画を作ること。
映画は絵と音楽と物語と、全部をひっくるめた総合的な作品だと思うのです。自分自身、ひとつの方法論にはすっかり飽き飽きしていて、なんかいつかはでっかいことやりたいなぁ、と。ま、やるからには徹底的にばかばかしいことをよってたかって大真面目にやりたいわな(笑)
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04)宝くじ3億円が当たったらどうしますか?
芸術家村の建設。
ちょっとまじめな話だけど、日本は文化・芸術の育成にあまりにも無頓着だと思う。日本じゃやってられんわっ、とそんなに有名じゃないけど才能のある人たちがどんどん海外に流出しちゃって、海の向こうで評価されるや、これはすごいと逆輸入。それはおかしいだろ。それで「日本の誇るべき人たち」ってのはおかしいだろ。不謹慎な話だけれど、これから5〜10年くらいの間に団塊世代がどんどんリタイアしていって、がばっと蓋が開く予感がするので、変な締め付けがなく若い世代が育っていける環境ができてくると思う。そういう環境がなくても育っちゃう人は自分で燃料補給して育っちゃうんだろうけど、環境を作るとか、きちんと意思表示をする、っていいうことはそれなりに大事なことだと思うんだけれど。
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05)あなたにとって夢のような世界は?
性別のない世界。
・・・詳細は聞くな(汗)
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06)昨晩みた夢はどんな夢?
扉を開けると向こうの部屋にまた扉があって、それを開けて中に入ると、また扉があって・・・ということを延々くりかえす。でも、入った先の部屋とか、扉の意匠とかがどんどん変わっていって、単純作業なのにさっぱり飽きない。変なの(笑)
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07)この夢の話を聞いてみたいと思う5人は?
・・・ん〜、ごめん、誰か適当に引き受けて・・・
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というわけで、ご期待に沿っていないかもしれませんが、こんな感じで。
2005年11月25日(金) はーい注目ー
11/26、27はデザインフェスタですよー。
東京ビッグサイトですよー。
C-496,467ですよー。C-496,467ですよー。
2005年11月28日(月) おつかれさまでした。
そんなわけで、無事デザインフェスタvol22も終了いたしました。
お越しいただいたみなさま、ありがとうございました。
出展されていたみなさま、おつかれさまでした。
さて、次いこか、次。
2005年11月29日(火) れぽ
デザインフェスタれぽアップしました。
出展作品"Angelic Archemy"も一緒にアップしました。
トップページからどうぞ。
2005年11月30日(水) butterfly effect(作品用メモ)
初期値のわずかなずれは、歪みを集積し、いずれ修正不可能なまでに軌道を変化させる。
世界とはすなわち多様性である。一様な世界は、エネルギー供給源の遮断によって、容易に死滅する。→例えば畑に育つ作物は、全て同時期に発芽し、同時期に結実する。たまたま発芽時期の天候が芳しくない場合、その畑の作物は全滅する。
宇宙は確率によって生じ得るか?奇跡的に調整されたと考えられる物理定数(Fine Tuning)は、本当に、その値でなければならなかったのか?仮に異なる物理定数を与えた場合、それによって全く異なる世界を現出させることは可能か?
時間という概念は運動という現象の影に過ぎないことを忘れるな。時間は、あくまでも運動から導出された概念であって、それ単独では決して存在し得ない概念である。
魂の重さ、身体の可視性。
傷。亀裂。破壊されたもの。
凡神論。機会仕掛けの神々。アニミズム。→産業革命による新たな神話の創造。未来派、ダダイズム。
野性の思考(レヴィ=ストロース)。構造主義(ソシュール)。
言語の解体。言葉以前のなにものか。
原型論=天使の記憶。ユングと深い井戸。神話の文法。
カオスと蝶。マンデルブロ集合。
神聖幾何学。魚の浮き袋。黄金比。巻貝。
アインシュタインとダライ・ラマの邂逅。
波動関数。波?粒?
ニュートリノ。クエーサー。太陽風とオーロラ。
記憶、記録、神経細胞の発火。
“在る”ということの有り様を深く思考すること。
死は零度 "Death has no tempareture."
見上げればそこにいる者に思いを馳せよう。地に堕ちた天使は、あの空に光る金星。
エッシャー。階段が果てなく続くとしたら、本当に“上っている”ということができるか?
白金の月。汚れた水滴。ニグレド(黒化)、アルベド(白化)。
アルビノ=色素欠乏症。神聖視される白い烏。
死。空。赤い衣。