日々の泡粒
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2006年2月1日(水) あくまでも仮定の話
なんでかわからんけれども、突然こんなことを思った。
「もし、今日ぽっくり自分が死んでしまったら、後はどうなるんだろう?」
死後、魂がどうとか生まれ変わりがどうとかじゃなく、残された仕事とか、作品とか、そのデータとか、諸々の人間関係とか、そういうのを、ふっと空想してみた。
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仕事、どうなるんだろう?あの山積みの仕事はどんなふうに分配されるんだろう?あれはあの人、あれはあの人、だろうな、たぶん。かわいそうに。うちの頭の中にしかないノウハウとか、また一から作り上げないといかんのだろうな。そう考えると、ちょっとは文書化しといた方が良いのかもな。それにしたって、大変なことは大変なんだろうけど。
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作品。基本的にデータは全部、HDなりCD-Rなりに残してはいるんだけど、それをきれいな形で出力する方法はたぶん、他の人はほとんど知らないはず。ってことは、あのB1とかB2のでっかいやつはそれっきり、完全に一点ものになっちゃうんだろうな。それより先に、うちの両親あたりに「なんだこれ?」な感じで即廃棄処分されそうな気もするけれど。それはそれでもったいない気もするけど、そうやって痕跡はだんだん消えていくもんなんだろう。
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うちがもう二度と戻ってこない立場になったとして、果たして泣いてくれる人がいるんだろうか?それはちょっと怖い空想だ。あの人は泣いてくれるだろうか?あの人はちょっとでも哀しんでくれるだろうか?もしかしたら、あんなやついなくなって清々した、と思う人もあるかもしれない。
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この辺で空想はストップ。
ふっと現実にかえる。
2006年2月2日(木) さよならを言う前に
去り際って結構大事だ、とここのところ思うようになった。
「さよなら」「また今度」「お先に」
言い方はいろいろあるし、そこから受ける印象も様々だ。
一見何気ないように見えるし、普段、気にかけなければ当たり前のことのように思うけれど、注意深く見ていると、その時に選ぶ言葉や言い方によって、いろんなことが変わってくる。
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「初めまして」と同じように、「さよなら」にも準備が必要だ。
心構え、というほど大袈裟なものではないかもしれないけれど、せめて、「さよなら」の一言にも心をこめよう。
2006年2月3日(金) そろそろ準備を開始する
デザインフェスタの準備、そろそろ始めます。
5月20日、21日なので、後3ヶ月少々ってところでしょうか。
だいたいのコンセプトはだいぶ前にすでに作ってあったのですが、なかなか具体的なイメージが出てこなくてちょっと放置しておりました。
今朝、それがぱん、と脳裏をよぎったので、後は形にしていくだけ。
今回はこれまでやってきたこととはちょっと違う方向性を目指しています。
前からやろうと思っていた手法を導入してみるつもり。
それにはちょっとアプリを覚えなきゃなんですが、触ってみた感じ、極端に難しそうなわけではなさそうなので、3ヶ月あればなんとかなるでしょう。
問題は資金繰りだけだな。
パトロン絶賛募集中<やや本気気味
2006年2月4日(土) 感謝の気持ちを忘れない
仕事にしろ作品にしろ、それを何かしら認めてもらう、というのはやはり嬉しいものだ。どちらかというと、「認められる」ということは後回しで、自分の能力の及ぶ範囲で可能な限り最善を尽す、ということをまず念頭においてやっているので、そういう発言なり行為なりがあると逆に本人側が“びくっ”と驚いて恐縮してしまうのだけれども。
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こないだの個展にしてもそうだ。あちこちからいろいろと頂き物をいただいてしまったり、好意的な感想を寄せてもらったり、果ては新聞の取材が入ったり。年の始めは基本的にギャラリーの集客は良くない、ということだったけれども、ふたを開けてみれば6日間で62だったそうで、初回の個展にしてはまずまずだったと思う(コラボるーと一発目の3桁越えの集客にはさすがにかなわないけれども)。こういうとき、あ、ここまで続けてきて良かったな、と思うと同時に、まだまだ簡単には止められないな、と思う。そうやって目標とすべきハードルをちょっとずつ高くしていって、それが結果、自分の質の向上につながり、ひいては自分の作るものの向上につながる。それはとても良い連鎖反応だ。
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人は基本的に孤独だ、と以前書いた。
それはある一面の真実ではあるのだろうけれど、それとはまた別のフェーズで、人は決してひとりでは生きていけない。1月に個展をやれたことも、決して自分一人の力ではない。それはここまで支えてくれた友人達があり、良い影響を与えてくれた知人があり、いろいろと面倒をみてくれたギャラリーのオーナーさんがあり、そうした人たちのおかげで、個展という形が出来上がっている。ある一面から見れば人は孤立した系だが、その一方で、ひとつの物事は実に多くの人の力で成り立っているのだ、ということを強く実感する。
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この、多くの人たちへの感謝の気持ちを、決して忘れないようにしよう。
自分には作品を作ることしかできないから、感謝の気持ちは作品を作ることでしか返せないけれども。
2006年2月6日(月) 心をつなぐ
ライブドアの証券取引法違反、一連の建築基準法違反、新たに発覚した東横インの不法改造問題。これに関わった人たちの発言を聞いてみると、この人たちは自分が世界の中心で、他者は「金が出てくるところ」としか思っていないんじゃないか、と思う。これが小泉改革の行き過ぎた規制緩和による負の影響だと批判する人もいるけれど、そういうところとはまた違う次元で、「心の有り様」というものをちょっと考えてみた。
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アーティストとかクリエイターとか、そんな風に名乗るほど大袈裟な人間ではないけれど、一応は何かしら制作をしている人間の端くれであるから、どうしてもこういう目線で物事を考えてしまうのだけれど。
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絵を描き始めた頃、だいたい高校の半ばくらいから大学の間は、作品は作り手が見手に対して与えるものだ、と考えていた。「どうだ、みてみな、ほれ」な感覚。特に大学に上がってネットで作品を表に出すようになってからは、その傾向が顕著だったと思う。今思えば傲慢な話だ。そういう考え方がすこしずつ変わってきたのが、デザインフェスタに出すようになってから。ネットだとどうしても文字だけのコミュニケーションに限られてしまうので、本当は伝えたい部分もうまく伝わっていなかったんだな、と現場で実際に言葉を交わしてみて思った。デザインフェスタの出展回数を重ねるにつれて、作品は作り手が一方的に与えるものではなく、見る人がいて、相互のコミュニケーションを促進するような、ある種触媒のようなものだと考えるようになった。
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作品はそれ単体では決して「作品」としては成立しない。
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もちろん、人にはいろいろな趣味嗜好があるから、私の作品を気に入らない人だってもちろんいる。素通りされるとちょっと寂しい気持ちにはなるけれど、それを責める理由はない。一方で、私の作るものをいたく気に入ってくれる人もいる。そういう人たちと言葉を交わすと、何かしら互いにつながりのようなものができたように感じる。作品がコミュニケーションの触媒であると強く感じるのは、まさにそういう時だ。私は単に与えるだけでも、受け取るだけでもない。私がいて、あなたがいて、相互に与えあい、受け取りあう、そういう双方向のベクトル場が発生する。
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中学だか高校だかの物理でやると思うけれど、ある物体に力を加えれば、それに反発する力が加わる。作用・反作用という言葉で教わったかもしれない。ニュートン力学をコミュニケーションのメタファーとして考えることだって、ある一面においては可能なのかもしれない。相互に作用しあう、ということは相互に何かしらの関わりがあるということであり、関わりがなければ、作用・反作用も生じない。そこに心のつながりはない。
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心のつながりは双方向のベクトルである。
一方的に与えるだけでも、一方的に奪うだけでも、そこには何も生まれない。
私が作品を作ることにこれほどまでにこだわるのはなぜか。
それは、私がいて、あなたがいるからである。
2006年2月7日(火) というわけだったのです。

2006年2月7日火曜日付の河北新報。中面の「創」というコーナーに掲載です。
ちょうど個展やってるときに記者の方がたまたまご覧にいらっしゃって、じゃあ取材、ってことで、かなり急な話ではあったのですが。はい、別口の撮影、というのはこういうことだったのでした。
ちなみに河北新報は東北6県のみの発行だったと思うので、あまりあちこちには出回らないかと思います。遠方の方でどうしても見てみたい、という方、何部かは都合つくかもしれません。メールとばしてみてください。
2006年2月8日(水) やっぱり撮られるのはだめです。
ほんと、何かさぁ、あんな形で人前に出るってのは変な感覚。なんだかよくわからん。ああ、これが東北の各地の世帯に散らばっていくのね、と思うと、余計に変な気分だ。取材んとき、結構ばしゃばしゃ撮られてて、うちがレンズを向ける分には平気なんだけど、レンズを向けられる立場になると、なんかなぁ、という感じ。そのうち慣れるかと思ったけど、やっぱり撮られるのはだめっぽいです。だって、レンズ向けられてる間、ずっと手に汗かいてたもの。こんなもんなのだよ、実際は。
2006年2月9日(木) 言い知れぬ孤独感
あるときふと、言い知れぬ孤独感に捕われることがある。
周囲にいるのは交換可能な「誰か」であって、特定の個人ではない。
本質的にそんなことはあり得ないのだけれど、そういう感覚に捕われてしまうとき、あなたはあなたではなく、誰かである。
その中で、私という有り様が異常なまでに浮き立ち、それがなおさら、孤独感を強める。
その感覚は、ある種異様な様相を呈する。
私は他者との差異の上に定位され、存立基盤を確立する。
しかし、他者が交換可能な「誰か」であるとき、その差異は抹消され、私の存立基盤が崩壊する。
異常なまでに浮き立った私の有り様が、その崩壊した存立基盤の上に立っているのである。
この孤独感は極めてパラドキシカルだ。
わずか数本の根で辛うじて身を支えている、危うい木のようでもある。
私は必死に私を定位し直そうと試みる。
しかし、掴んだ大地は指の隙間から次々とこぼれ落ちていく。
やがて大地はすべて崩壊し、私も共に崩壊する。
そう、ひとかけらの音もなく。
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私という感覚が崩壊し去った後に残ったもの。
しかしながら、それも私である。
剥ぎ取られた跡に残った、私の核とでも呼ぶべきものである。
あるいは種子とでも言おうか。
私は再び、その種子を芽吹かせるところから、始める。
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光を浴びせ、水を与えよう。
土は十分に耕そう。
育て上げた私の種子は、今度こそしっかりと根を張ることができるだろうか?
2006年2月10日(金) サムイノキライ
学生の頃まではこっちの寒さは平気だったんですが。
大阪の冬に慣れてしまってから、もうこっちの寒さはかなりしんどいです。
こっち戻ってきてから3度目の冬ではあるんですが。
いい加減慣れろ、という話もないではないですが。
やっぱり寒いのはだめです。
2006年2月13日(月) なんだかいろいろありますが
そりゃ生きてりゃいろいろあるのは当然のことで。
今後どう転ぶかはわからんけれど、多少のことでは動じないくらいの準備はしときたいものです。
2006年2月14日(火)
ばたばたしてるのでまた今度。
20:15追加
まぁね、まだ公に出来ないことがいくつかあるわけで。
支店の方にはちょこちょこと書いてるアレなんだけれども。
今は結果待ち。うまくいったらすごいことになるかもしらん。
気になる方は問い合わせてみてください。なにか出てくるかもしれません。
2006年2月15日(水) 雲間から光
空にかかった雲の隙間から、太陽の光が筋になって地上に差し込んでいます。靄にけぶった仙台の街並が、いつもは当たり前のように見ている風景が、なぜかしらこの上なく大切なもののように見えます。
光の筋の合間を、鳥が飛んでゆきます。
遠くに見える太平洋が、ぼんやりとはしているけれど、光を反射している様だけは良く見えます。
ずっとずっと遠い夢だと思っていたあの海の向こうに、もしかしたら行くことになるのかもしれません。
うまくいくといい。そう心から願います。
2006年2月16日(木) 当たり前であることの奇跡
世界はかくのごとく、美しい。
そして、世界を美しいと感じられることを喜ばしく思う。
世界は在って当たり前、と思うかもしれない。
けれど、私は思うのだ。
その「当たり前である」ということそのものが、すでに奇跡的であると。
当たり前であることの奇跡性を、ほんの一瞬でも感じ取ってほしい、と私は願う。
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地球にとって人間は害悪である、と言うことはたやすい。
しかし、世界とは、その人の営みをも含めたものだ。
私はそのすべてを含んだ「世界」を美しいと感じる。
この「世界」を、私は愛おしいと感じる。
2006年2月17日(金)
なんだかやることいっぱいです。
2006年2月20日(月)
ごめん、また後で。
2006年2月21日(火) 存在の裸形、或いは余剰としての「道」
個別的な<もの>は、ある面で工業都市に似ている。工業都市にあっては、いっさいが生産という目的のために適合させられている一方で、工業都市は煙にみち、屑と悲しみとにあふれて孤立しているのだ。<もの>にとっての裸形とは、その<もの>の存在が目的にたいして有する余剰のことなのである。(『全体性と無限』1961年刊)
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レヴィナスは、たとえばソクラテスやデカルト、ハイデガーといった哲学者にくらべれば決してよく知られた人物ではないと思う。私がレヴィナスという哲学者の名を知ったのは、たまたま本屋で見つけたレヴィナスに関する本が、大学時代に倫理学の講議を受けた教授だったからだ。レヴィナスはハイデガーと同時代の哲学者であり、ハイデガーから多大な影響を受けた人物である。元はフッサールに師事しようとドイツに留学したが、フッサールはすでに過去の人、彼の後に表れた巨人ハイデガーに影響を受けた、というわけである(私の読んだ本では「フッサールの家にでかけてハイデガーに出会った」と表現してある)。レヴィナスは存在について徹底的に考え抜いた哲学者である。しかし、その存在論はハイデガーとはやや赴きを異にする。ハイデガーが存在に関して鋭い洞察を加えたとするなら、レヴィナスは存在者に対して細やかな視線を投げかけた哲学者である。
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存在者が有する、目的をはみだした余剰を、レヴィナスは「存在の裸形」と呼ぶ。この「存在の裸形」を、私は現実の場でまざまざと見たことがある。
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ずいぶん前、所用のため近所に自転車で出掛けた。夕暮れ時で、夕焼けの強烈な橙が空一面に広がっていた。建設中の建物のそばを通りかかった時、その光景のもつある種の「すさまじさ」に息をのんだ。日曜日の夕方であったためか、工事現場には誰一人いない。防音シートがかけられた建設中の建物と、工事に使用する重機が、打ち捨てられたようにそこにあった。強烈な夕焼けの光の中、建物と重機は巨大なシルエットだった。建設中の建物は建物としての機能をいまだ果たしておらず、重機は重機で、使用されなければ巨大な鉄の塊にすぎない。その極めて無機的な物体の集合に、私は奇妙な情感を感じた。レヴィナスはこれを「悲しみ」と表現しているが、私が感じた情感を「悲しみ」と呼んで良いものかどうか、分からない。けれどもその光景は、確かにレヴィナスの言う「存在の裸形」であった。存在者がその本来の目的をはみだして、そこに存在しているのである。
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このような有り様は、書に似ている。書は、文字の形にこだわり、勢いや間という言葉で表現されるものを追求する。伝達するものとしての文字がもつ本来の機能をはみだしたものに、徹底的にこだわるのである。意味を伝達するだけであるなら、最低限、その文字の形さえ判別できれば良い。それをはみだして、勢いや間を求める。その勢いや間は文字にとっては余剰である。書は、文字の「存在の裸形」を徹底的に追求する「道」なのではなかろうか、とふと思った。
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これは、必ずしも書に限ったことではない。およそ「道」とつくもの、こうした余剰をはらんではいないだろうか。弓道にしろ剣道にしろ柔道にしろ、単に相手に勝つだけであれば礼儀作法や形式にこだわる理由はない。それでも、それらは礼儀作法にこだわる。そして、そうしたある種の精神性を含めて「道」と呼ぶのであり、その精神性を除いてしまえば、それは弓術であり剣術であり柔術と呼ぶべきである。
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「ただひたすらに座れ」
そう説く禅僧もいる。
ハイデガーの存在論よりも、レヴィナスの存在論の方が、むしろ日本人の感覚として理解しやすいのではないか、とさえ私は思う。
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いずれにせよ、「存在の裸形」をまざまざと見せつけられた私としては、レヴィナスを無視することが出来ない。
2006年2月22日(水) 哲学の作法
哲学者の著作を「作品」と呼ぶことがある。
学術書であるのに、それがまるで文学作品であるかのように、である。
なぜだろう、と考えた。
そして、レヴィナスのことを書いてふと思い当たった。
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私がレヴィナスの哲学に魅せられたのは、「存在の裸形」をまざまざと見せつけられたからである。それはすでに述べた。それと同列に並べるのはどうかと思うのだけれど、レヴィナスも同様の体験をしているはずである。それがやがて「存在の裸形」という言葉を与えられ、『全体性と無限』という著作の形となった。
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哲学の出発点は極めて個人的な体験である。私はそう思う。ある事象を体験したとき、その事象について真摯な眼差しを向け、徹底的に考え抜き、言葉にする。その作業が哲学であると、私は考える。それは例えば画家が絵を描くように、音楽家が曲を演奏するように、書家が書を残すように、一箇の哲学として残るのではないか。だとするなら、哲学を「作品」と呼ぶのもうなづける。
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誰かの哲学を学ぶ、ということと、自ら哲学を「する」ということとは、本質的に異なる。ソクラテスなりデカルトなりハイデガーなりの著作を読むことは、それはそれで実りのあることだ。けれど、それは一方で、ものの見方を固着させる要因となりかねない。自ら考え、自ら言葉にすること。言うのはたやすいが、簡単なことではない。
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哲学の背景にあるのは、その哲学を生み出した者の極めて個人的な体験であることが多い。一般化されて書かれることが多いが、そのものの見方考え方の背景は極めて個人的なものである。従って、その哲学そのものも、極めて個人的なものであると言うことだって可能だ。ソクラテスの哲学はソクラテスという人と共にあって初めて可能なものであるし、ハイデガーの哲学はハイデガーという人と共にあって初めて可能である。それは知性というよりも、むしろ感性と呼ぶべきものに近いのかもしれない。「ハイデガーはうまく理解できないけれど、レヴィナスならなんとか理解できるかもしれない」と私が言うのは、あるいは知性の問題よりも感性の問題であるのかもしれない。
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ハイデガーが「存在するもの」と「存在すること」を切り分けたのは、知性の働きよりも感性の働きの方が大きかったのではないだろうか。感覚として、その切り分けは論理的に導かれたというよりも、感覚的に導かれたような印象を受ける。であるとするなら、もしかしたらソシュールのシニフィエとシニフィアンの関係性だって、ソシュールの言語に対する感性によって導かれたものではないか。レヴィナスの「存在の裸形」だって、そうなのかもしれない。
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事象に対する感性をしっかりともつこと。考え抜くのはその上に立って可能である。単にロジックをこねまわすだけでは、それは哲学にはなり得ないのかもしれない。
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これが、哲学の作法である。
2006年2月23日(木) 世界の手触り
例えば、道路のアスファルトを触ってみる。
例えば、木の幹を触ってみる。
例えば、解け残った雪を触ってみる。
それぞれがそれぞれ、全く違った手触りをもっている。
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この窓から見える空を触ってみたら、それはどんな感触なんだろう、と空想してみる。
その先に見える星を触ってみたら、どんな感触なんだろう、と空想してみる。
それはあるいは確かめようのないことなのかもしれないけれど、だからこそ、想像をはたらかせる余地がじゅうぶんに残っている。
2006年2月24日(金) アグレッシブな楽観主義
愚痴の多い人がどうも苦手です。
人生いろいろありますから、そりゃあ愚痴のひとつもこぼしたくなるときもあるでしょう。
そういう気持ちは分からないでもありません。
でも、会話が始まった途端に愚痴が始まる人、っていうのはどうかと。
愚痴を言えば気持ちはすっきりするかもしれない。
でも、愚痴ばかりいってても何の解決にもならない。
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何か困難なことに遭遇したとき、自分はどちらかというと「なんとかなるんじゃねぇの?」といきなり言ってしまう方です。まぁ、「なんとかなるんじゃねぇの?」と言ってしまった手前、なんとかしなきゃいかんのですが。つか、なんとかするのがうちの仕事っぽいので、実際なんとかせざるを得ないのですが。でも、出来ないからやらない、よりは、出来ないかもしれないけどやってみる、っていう方が、どちらかというと建設的だと思うのだけれどいかが?
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「なんとかなるんじゃねぇの?」はそのままでは単なる楽観主義です。
その後で実際になんとかしようとするのが、アグレッシブな楽観主義です。
そうありたいものです。
てか、そうじゃないと精神衛生上よろしくない。
2006年2月27日(月)
頭痛、微熱、嘔吐感。座ってるだけでもしんどいですが仕事します。
2006年2月28日(火)
※多忙および若干の体調不良のため、少しお休みします。