日々の泡粒
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2006年11月3日(金) クリスマスカード始めました
というわけで、2006年のクリスマスカード、始めました。
要項はトップページからどうぞ。
2006年11月12日(日) 夢の地平
旧約聖書、創世記より。
神がアダムの肋骨からエヴァを創造するとき、アダムは一度、“眠り”に落ちる。目覚めたとき、アダムの隣には生涯の伴侶であるエヴァがいた。このアダムの“眠り”は我々が言う“睡眠”ではなく、死と再生の象徴なんですよ、と大学のときに興味本位でとっていたキリスト教史の講議で教えられた。
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昨日8時に床について、今朝7時半に起床した。
一昨日、ほとんど寝ていなかったからだ。
昨日は曇り空、ときどき雨も降っていたが、今朝は空も晴れ上がり、西公園から広瀬側沿い、青葉山にかけての、まだ全部ではないけれども紅葉の風景が見渡せた。
紅葉した木々は、おそらく、自ら美しくなろうという意識をもって紅葉しているわけではないのだろうと思う。
けれども、僕はこの風景を美しいと思った。
美しいという意味付けをこの風景に僕は与え、そしてただの風景が美しい風景として、僕に与え返された。
結果、僕はこの風景の一部であると、強く認識した。
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これは夢かもしれない、と君は昨日言ったね。
でも、僕はこう思う。
夢だって現実の一部だと。
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叶わぬ夢はない、と僕は思う。
今は遠く、地平線の向こうかもしれない。
けれども、一歩踏み出せば、それだけ地平線は近付くものだ。
その一歩を踏み出す勇気を持てるかどうか、問題はそれだけだ。
今は存分に泣くといい。
でも、涙の後には立ち上がらなくちゃ。
“泣”の漢字はその象徴だと、誰かに教えられた。
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僕がこの美しい風景の一部だとするなら、あの地平だってそれに含まれているはず。
ならば、夢の地平だって同じことだ。
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最初の一歩を踏み出すのは怖いことかもしれない。
それは僕だって同じだ。
でも、いつまでもここに留まっているわけにもいかないだろう?
行き着いた先が楽園だとは限らない。
ユダヤ人達がそれを証明している。
けれど、そこが楽園でないのなら、そこに楽園を築けば良い。
そのための肉体と知性と魂だと、僕は思う。
2006年11月14日(火) 忘れてました
というわけでイラスト1点更新。
"Guardian"です。
いつものアレです、はい。